2022/10/15-16
谷川連峰
L桂野、坂本
アルパインクライミング
2022/10/15(晴)
一ノ倉出合3:20 – 中央稜取付5:20 – アンザイレンテラス 5:50 - 登攀開始 6:00 – 1P終了 7:15 – 2P終了 9:00 – 3P終了11:15 - 4P終了13:50 – 5P終了 17:00 – 6P終了 18:20 (ビバーク)
聞けば、件のルートは雲稜の名がつくルートにも関わらず、最後に代表の藤田が登って以来20年以上もわが会から登攀者を出していなかったそうである。5-6月の一ノ倉月間、その後の三つ峠、越沢バットレス、ダイレクトカンテと、何か月もかけて準備を行ったとはいえ、今回幸運にもわが会きってのクライマーである坂本と共にここを登らせていただく栄誉に預かったことは本当に有難いことといえる。坂本と共に会員の全て、ひいては背中を押しつつも何くれとなくアドバイスを惜しまなかった藤田にいくら感謝してもし足りない気持である。
昨今、一ノ倉に行く際は0時に桂野邸に集合し、そのまま現地について動き始めるのが通例となっている。高速は空いており2時過ぎには駐車場着、2時半前に歩き始める。一ノ倉沢出合に近づいてくると得も言われぬプレッシャーをいつも感じる。普段通りトイレで用を済ませると早速沢に入っていく。今回は一番乗りだ。いつものルーチンワークでテールリッジを登っていくが、「いつもより遅い」との坂本指摘。そう、確かに朝から調子は万全といえなかったようだ。普段よりも公私ともに多忙で少し生活リズムが良くなかったせいかと思われる。
そうこうするうちにあっという間に中央稜取付き。岩はあちこち濡れている。早速アンザイレンテラスに向けてトラバースを始めるが、足が滑る。たまらずセルフをフィックスロープにかけて歩いていく。笹藪を超えたあたりでロープを出し、少し悪い箇所はスタカットで抜ける。
ついにアンザイレンテラス。見上げる壁は衝立岩。そびえる壁は、わが会の名を冠し、世に聞こえた雲稜ルート。しかし今日は慰霊祭の週末。必ずや偉大な諸先輩方が見守り、我々の力になってくれよう。「いよいよだね」という言葉を交わしつつも、1P目の先鋒を桂野が預からせていただく。
1P 垂直の凹角 Ⅴ- 桂野
5mほど左にトラバースして凹角を登る。登り初めこそ大したことは無いが、中間部と抜け口が少し悪い。この日は濡れもあってさらに悪かった。支点のヤバさはまだ感じない。
2P 左の凹角からハング下を右へトラバースして第1ハング~小ハング A2 坂本
左の凹角、出だしこそそうでもないがトラバースにかかるあたりから普通に悪い。カムを駆使しながらのエイドが早速始まる。坂本ですら突破して「怖かったー」と息をつく始末。ただし、第1ハング~小ハングはそこまで悪さを感じなかった。落石を起こした記録も良くあるが我々は全くなし。
3P 白い岩の下を右上、第2ハングを右に越す A2 坂本
短い凹角を抜けて右上し、第2ハングの右の側壁を超えるが、最初の凹角の抜けたところのピンが少し遠い以外はピン間隔良好。なお、最後の側壁の部分でハーケンとボールナッツを使用。ハーケンは抜けなかったので残置、ボールナッツは終了点手前だったので、回収に苦戦した桂野の代わりに坂本が回収。だんだんと支点の脆弱さが顕著になってくる。
4P 黒い岩場を左上 A1 坂本
薄被りの壁をまずは抜けていくが、ここがまず一つ目の鬼門だった。カムと残置を交互に使いながら登っていくが、遂にここでピン抜け発生。太古のハーケンが飛ぶと、その下に嚙ましたカムも一つ飛んで、さらにその下に決めたカムで止まる。ビレイヤーのすぐ上まで坂本が戻ってくる。謎の掛声の直後に「サンキュー」の一言。「その為のビレイヤーである」の返答。流石に少し落ち着くためのインターバルを要した坂本、果敢に再チャレンジ。ここから時折「かっちゃんよろしく!」と言いつつアブミに乗るようになった。そうは言いつつも問題なく登るが、登った先でルーファイに悩み、ここでピッチを一回切る。桂野フォローで追いつく。相談の結果、そこからはエイドは使わず登るのではとの結論。後半は草付きの凹角だったがここも悪かった。
5P 凹角から第3ハング A1 桂野敗退→坂本
5P取付きの段階で14:00であったので、ビバーク決定。それもあるが、桂野がリードさせてもらう。右上に2手エイドで登り、そこからフリー。ちょっと悪いが、第3ハングへ。ボロボロの上向きハーケンとアメリカンエイドで登るが、一手取れない箇所に遭遇。岩も大きめのモノが剥がれそうで、落ちるとまずい。そこで暫く逡巡するが時間もそうはかけられないので残念ながら登攀断念。坂本とチェンジ。
坂本、流石に安定して登攀していくが突如またしてもピン抜けでフォール。気休めにスリングをかけて取ったピナクルに救われた。2度目のフォールも気力でねじ伏せた坂本、さらに悪い凹角を登って5P終了。セカンドで登っても後半の凹角は悪かった。
6P ルンゼ Ⅴ 坂本
日没が近づく中登攀開始。やがて日が暮れていく。ホールドもスタンスもなかなか見えず、苦しいクライミングを強いられる中、何とか坂本終了点に着く。桂野の登るタイミングでは真っ暗。そしてそれほど良くはない。濡れたホールド、苔むしたスタンス、必死につかむボサ、小さな立ち木、いったい何を使って登っているのかわからない・・・・と、その時、「ラク!」という緊迫した声。前を向くと人頭大の石が迫ってきており、かわす暇もなくヘルメットの中央に直撃。すでに終了点近かったので石が加速する前に衝突したおかげで大したことは無かった。登り切ってみると、事前に予測した通りの洞穴ハング。いい洞穴であるのでここでビバーク。
ビバーク
一晩、ハーネスを履いたままセルフを取った状態で二人で座って寝るともなく身じろぎしつつ時間を過ごした。テルモスの湯で作り、二人で分け合って食したカップ麺は味も良くわからなかったが体を温め、心を落ち着かせてくれた。外を見れば、洞穴から見える山々とその上に輝く星々が美しい。一ノ倉沢を挟んだ対面の岩壁を登るパーティも我々が6Pを登っている最中から大きなテラスでビバークに入ったようだった。互いに直接助け合えるわけでもないが、残業が我々だけでないと思うと妙に心強かった。こんな時、互いにモールスでも出来れば気の利いたメッセージでも交換できるのだろうか。
2022/10/16(晴)
7P 登攀開始 5:30 – 7P終了 7:00 – 8-9P終了 8:20 – 懸垂下降開始 8:45 – 懸垂完了 11:00 – 衝立前沢出合 12:15 – 一ノ倉沢出合12:40
7P洞穴ハングの乗越 A2 坂本
夜が明ける1時間前の4時半に起床。無理やり腹にパンを詰め込み、水分を摂取すると登攀準備開始。本来なら桂野のピッチのはずだが、前日かなり打ち砕かれていたので坂本がリード。朝イチから気合の入った登攀を見せる坂本だが、支点の悪さは変わらず。時折例の「かっちゃんよろしく」をやりながら登っていく。一手、フリーに移る直前が悪い。桂野、やはりここを超えられたかは怪しい。坂本はカムとナッツを決めて突破。流石である。なお、朝焼けと美しい青空をバックにハングを豪快に登る坂本のシルエットは写真に撮れなかったが、桂野の心のアルバムに一生しまわれることであろう。しかしもう一度ここに行って、今度は自分が登るところを撮影してほしいものである。
8-9P 階段状のフェース Ⅲ 桂野-坂本
階段状とかⅢとか言いつつ、出だしはちょっと悪い凹角。完全に乾いていればもう少し楽しめるはずだが所々濡れているので始末が悪い。何とか超えると支点があるが、ここは近すぎるという事でスルー。その後2つリングボルトがある箇所があったがこれもちょっと近いかなとスルーしたのが失敗の元だった。簡単なのでどんどん登ってしまい、支点に困る始末。仕方ないので少し戻って小さめの立ち木に支点を取る。登ってきた坂本、この日最初の「たのむぜかっちゃん」。「Line見るとかの機転も利かないし」とクレーム。申し訳ない。このまま、最後の15mほどを坂本に登ってもらう。そして、衝立の頭。ついに完登である。下山まで喜んだりしないのがわが会の風習だが、まずはフィストタッチで互いの健闘を称えあう。
少し休んで北稜を懸垂下降開始である。ここからは桂野が先頭で懸垂していく。正直このあたりからシャリバテかもしれないが、疲労もあってかまずは2P目で支点を見過ごして降りるミス。なんとかマッシャーで登り返して小さなテラスで加重を抜くことに成功するが、やはりLineで連絡はすべきだった。心配した坂本からまた強い言葉と、「たのむぜかっちゃん」をもらう。
懸垂は全て桂野先頭で行くが、既に大きくパフォーマンスダウンを喫した桂野、どんどんロープワークが鈍くなり、坂本はどんどんボルテージが上がっていく。衝立前沢へのルートはうまく見つけることが出来たが、その後の沢の中の懸垂も正直疲労で朦朧とする中、坂本にもうひとつ「たのむぜかっちゃん」をもらいつつ下山。
衝立前沢から本谷への合流は、事前の調査では高巻きの後と思っていたが、降りてみると藤田が待ってくれており、そのまま懸垂で降りてこいとの事。降りてみるとフィックスがはってあり、大変降りやすい環境になっていた。高巻きは不要である。
本谷へ降りると、一ノ倉沢出合にて開催されていたわが会の慰霊祭に来ていた仲間達が完登を口々に称え、帰還する我々二人を温かく迎えてくれた。明るい時間に本谷の巻き道を歩くのは初めてだったが、みずみずしい木々が輝き、足元を流れる清流が美しい水音を立てている。普段張りつめて歩いてきた道だが、こんなに美しい道だったのかと思いつつ出合に向けて歩いた。
長いこと時間をかけて取り組んできた、衝立岩雲稜ルート登攀計画だが、坂本の力がやはり大で、ついに成功裏の元に幕を閉じることが出来た。素直に成功を喜びたいところだが、自分の貢献度の低さに愕然とするのも事実である。今度は桂野が誰かを引っ張って登らねばならない。
なお一ノ倉沢出合を目指して美しい巻き道を歩く中、坂本、藤田をはじめとした仲間たちの有難みが身に沁み、思わず人知れず目が潤んでしまったことは秘中の秘である
記:桂野