西上州叶山東壁   


 二子山偵察の時に初めてこの壁を見て、すっかり魅せられてしまい、3月5日に叶山東面の偵察を行なった。帰路でルートを間違え、叶山の南面に出てしまい、南壁を見ることができた。この南壁が素晴らしくスッキリとした壁であった。その後、3月12日に東壁の試登を行なった。この時はフリークライミングで登れる可能性があれば完登しようと考えていた。結果は2ピッチで60mしか登れず、惨敗であり非常に手強い壁であることがわかった。

昭和42年3月26目〜28日
L吉川、佐々木(邦)、河野

3月26日(晴)
 快晴の朝3日間の食料、装備を整える。相当の重量をかつぎ取付点に向かう。試登のルートを吉川トップで取り付く。最初のボルトまで20m1ピッチ。一度中継して懸垂点まで2ピッチ目20m、ここで一度3人一緒になる。真上の傾斜80度位のクラックにハーケン2本打ち、その上より吊り上げとなる。クサビ1本アイスハーケン5本連打して、クラックよりフェースに直上する。フェースにボルト3本打ってセカンド佐々木が登る。試登のルートは1時間強で、抜けたもののその上は時間を取る。しかも荷上げがまことにやっかいな仕事だった。

 3ピッチ目は非常に快適な所だ。なおも吉川トップで4ピッチ目ボルト2本打ち足して、右側のテラスにトラバースする。ボルト2本後をバランスでテラスに着き4ピッチ終了。すぐ右にルンゼをはさんでピナクルがある。5ピッチ目左斜上する凹角(傾斜60度位)を河野トップで取り付く。ハーケンの重ね打ちとアィスハーケン5本で10m位を吊り上げる。ホールドがないので已むを得ない。岩壁下部の大ハングが右下に見える。ハングの下より大きなクラックとぶつかった所が、洞穴になっていて3人位立てるので再び一緒になる。

 ルートはクラック添いに下るか、フェースより左のバンド状を登るか、まよったが後者にする。ボルト6本フェースに打ち直上、トップを河野から吉川に交替して、吉川は左のバンド状(傾斜60度)にトラバースする。ハーケン3本とアイスハーケン3本そしてボルト5本で、いやらしい草付き上昇バンドを吊り上げる。6ピッチ目20mの所で佐々木が登る。つらい荷上げを行なう。吉川はすぐ右下のルンゼに5m程下りてハング上の灌木帯に入る。河野が6ピッチ目終了した時はあたりは暗くなっていた。

 吉川が今日のビバーク地を見つけてあったので、灌木の中を7ピッチ目30mを登る。快適なビバーク地はないが他にこれ以上の所もない。灌木でビレーを取り、アブミに両足を入れてビバークする。さして寒くないが月がおぼろなのが気に掛かる。ズリ落ちるたびに目をさます。しかし天候はもっと心配だった。

3月27日(雨のち曇)
薄暗い朝方ポツポツと来る。「ちくしょう雨だ」さえないが仕方ない。明るくなるまでふてくされて又寝る。再び起きた時にはやんでいたので、とにかく朝食を食べて出発する。佐々木トップで正面のフェースに取り付く。左にルンゼが入っているが、右側上部にビルディングフェースが見えるので直上する事にする。幸い心配した天気も、時々ポツポツ降る程度で大きくくずれそうもない。

 途中でトップを吉川と交替する。フェースは15m位で、ボルト6本連打後アイスハーケンを岩松のついている小さなリスに打ち、再びボルト7本打って右上の大きなクラックに入る。フェースの中央が幾分かぶり気味だった。クラックはつっぱり気味のフリークライムで、しかし、さして気持ちよくない。右の灌木まじりの壁の中でビレイ、8ピッチ終了。ここから20mでビルディングフェース直下の大テラスまでは簡単だった。正午少し前、昼食を済ませ今日のビバーク地とする。

 天気も晴れ上がって来たので、1ピッチ延ばしておく事にする。直登会のルートは右側なので予定通り正面を登る。河野トップで5m程戻り左の壁の横に入ったクラックに、クサビ1本打ち草付きの壁ヘトラバース。ハーケンとアイスハーケンを打って正面に入っている、クラックの真下の外傾した土のテラスに着き、佐々木を迎える。クラックは細いルンゼ状をなしており、アイスハーケンが都合良いが、残りがわずかなため右の壁にボルトを打つ。打てる所はハーケンを使う。

 ハング乗越しでクサビ1本打ち、次にアイスハーケンを1本打ってようやくスタンスに立つ。15m位は全部吊り上げだった。5m位のきびしいバランスで傾斜のあるテラスにつく、アイスハーケンとボルトを打ち20mになったので引き返す。ドッペルザイルをそのままで吊り下げ、土のテラスより佐々木と共に大テラスに戻る。早いが明日完登の目安がついたのでビバークの仕度をする。のどが乾いて仕方ないがあまり水がないのでレモンをかじる。すっぱくないのに驚いた。大テラスでのビバークは全く快適な一夜だった。

3月28日(晴)
ツエルトをかぶっていなかった吉川が、寒くて早く起きてしまった。しかし、好天のしるしだ。今日完登するのかと思うとファイトが湧いてくる。見上げると観音様のようなビルディングフェースのハングがのしかかって見える。明るくなってきたので吉川トップで取り付く。昨日のフィックスがあるので簡単にテラスまで行く。河野がセカンドでテラスまで登りトップ吉川をビレイ。クラックはフィックスザィルの動きが悪く苦労した。昨日まで20m1ピッチだったのが今日は40m一ぱいまで延ばす。

 トップ吉川は昨日の引き返し点にボルト1本打つ。岩がもろく1本のボルトでは絶対でなかった。しかし、そこからはあの素晴らしいバランスを見せてくれた。傾斜80度位のクラックにクサビ3発連打する。この岩壁中の核心部をボルトなしで見事に登る。アイスハーケン2本、ハーケン3本で上部灌木帯に入る。最も苦しい登攀だった。傾斜がいく分ゆるくなり10m位で大灌木の上にハーケンでビレイ。ラスト佐々木を迎える間、吉川は灌木まじりの傾斜のゆるい壁を30m位登る。ビルディングフェースの上のテラスに出る。

 林道より見ると、ここで登攀終了だろうと思えたが実際にはまだあった。河野トップでリッジを10m程登る。最高点までは傾斜がゆるく、つづいているが、事実上の登攀終了となる。そのままコンテで約100m位灌木まじりの岩稜を、頂上の松の木目指す。9時頃初めて完登の握手をかわす。苦しかったので大きな感激はまだない。しかし、水を全部飲める事がとてもうれしかった。なにしろ3人で5gしかなかっ
たので、朝、夕以外に飲んだ事がなかったからだ。

 ゆっくり休んで下山にかかる。下山路も初めてなので不安だったが、一ケ所5m位の懸垂だけで灌木の中を南側に下りる事が出来た。南壁の基部付近の沢についた時、初めて終わったと思った。大きな感激はなかったが気持はとても充実していた。東壁を完登したのは我々が初めてだったようだ。(河野通晴・雲稜44号)